注目労働裁判例・最高裁平成30年6月1日(労契法20条の「不合理と認められるもの」―ハマキョウレックス事件)
(第一審の判決についてはこちらの過去記事、控訴審の判決についてはこちらの過去記事をご参照ください)
・事案の概要
1.
Xは、Y社との間で、平成20年10月頃、有期の労働契約を締結し、トラック運転手として配送業務に従事している。
2.
Y社の正社員に適用される就業規則(以下「正社員就業規則」という)は、退職金の定めがある。また、正社員に適用される給与規程は、基本給は年齢給、勤続給及び職能給で構成すること、乗務員が1か月無事故で勤務したときは無事故手当を支給すること、特殊業務に携わる従業員に対して作業手当を支給すること、従業員の給食の補助として給食手当を支給すること、住宅手当を支給すること、乗務員が全営業日に出勤したときは皆勤手当を支給すること、交通手段及び通勤距離に応じて所定の通勤手当を支給すること(なお、Xと交通手段及び通勤距離が同じ正社員に請求される通勤手当は月額5000円)、扶養家族を有する従業員に対し扶養手当を支給すること、会社の業績に応じて賞与を支給すること等を定めている。
一方、Y社と有期労働契約を締結している従業員に適用される就業規則(以下「契約社員就業規則」という)は、基本給は時間給として職務内容等により個人ごとに定めること、交通機関を利用して通勤する者に対して所定の限度額の範囲内でその実費を支給すること、賞与及び退職金は原則として支給しないこと等を定めている。そして、契約社員就業規則には、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当及び家族手当に関する定めはない。なお、通勤手当は、平成25年12月までは、Xに対して月額3000円が支給されていたが、平成26年1月以降は、正社員と同じ基準で支給されることととなった。
3.
正社員就業規則には、業務上、必要がある場合は従業員の就業場所の変更を命ずることができ旨の定めがあり、正社員は、出向を含む全国規模の広域異動の可能性がある。一方、契約社員就業規則には、配転または出向に関する定めはなく、就業場所の変更や出向は予定されていない。
4.
正社員については、公正に評価された職務遂行能力に見合う等級役職への格付けを通じて、従業員の適正な処遇と配置を行うとともに、教育訓練の実施による能力の開発と人材の育成、活用に資することを目的として、等級役職制度が設けられているが、契約社員については、このような制度は設けられていない。
5.
契約社員であるXについては、正社員と比較すると、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当及び家族手当の支給がなく、賞与及び退職金の支給並びに定期昇給も原則としてないとの相違があり、また、平成25年12月以前においては、交通手段及び通勤距離が同じ正社員と比較して通勤手当の支給額が2000円少ないとの相違もあった。
6.
Yの彦根支店におけるトラック運転手の業務の内容には、契約社員と正社員との間に相違はなく、当該業務に伴う責任の程度に相違があったとの事情もうかがわれない。
7.
Xは、契約社員であるXと正社員との間で、無事故手当、作業手当、給食手当、住宅手当、皆勤手当、通勤手当、家族手当、賞与、定期昇給及び退職金に相違があることは、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない」と規定する労働契約法20条に違反するとして、提訴した。
・最高裁の判断
1.
労働契約法20条は、有期契約労働者については、無期労働契約を締結している労働者と比較して合理的な労働条件の決定が行われにくく、両者の労働条件の格差が問題となっていたこと等を踏まえ、有期契約労働者の公正な処遇を図るため、その労働条件につき、期間の定めがあることにより不合理なものとすることを禁止したものである。
そして、同条は、有期契約労働者と無期契約労働者との間で労働条件に相違があり得ることを前提に、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情(以下「職務の内容等」という。)を考慮して、その相違が不合理と認められるものであってはならないとするものであり、職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であると解される。
2.
労働契約法20条に違反する労働条件の相違を設ける部分は無効となる。もっとも、同条は、有期契約労働者について無期契約労働者との職務の内容等の違いに応じた均衡のとれた処遇を求める規定であり、文言上も、両者の労働条件の相違が同条に違反する場合に、当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなる旨を定めていない。
そうすると、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が同条に違反する場合であっても、同条の効力により当該有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではない(損害賠償請求の対象となるにとどまる)。
3.
労働契約法20条にいう「期間の定めがあることにより」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が期間の定めの有無に関連して生じたものであることをいう。
同条が「不合理と認められるものであってはならない」と規定していることからすれば、同条は飽くまでも労働条件の相違が不合理と評価されるか否かを問題とするものと解することが文理に沿うものといえる。また、同条は、職務の内容等が異なる場合であっても,その違いを考慮して両者の労働条件が均衡のとれたものであることを求める規定であるところ、両者の労働条件が均衡のとれたものであるか否かの判断に当たっては、労使間の交渉や使用者の経営判断を尊重すべき面があることも否定し難い。したがって、同条にいう「不合理と認められるもの」とは、有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理であると評価することができるものであることをいうと解するのが相当である。
4.住宅手当について
住宅手当は、従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されるものと解されるところ、契約社員については就業場所の変更が予定されていないのに対し、正社員については、転居を伴う配転が予定されているため、契約社員と比較して住宅に要する費用が多額となり得る。
したがって、正社員に対して上記の住宅手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものとはいえないから,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらない。
5.皆勤手当について
皆勤手当は、Yが運送業務を円滑に進めるには実際に出勤するトラック運転手を一定数確保する必要があることから、皆勤を奨励する趣旨で支給されるものであると解されるところ、Yの乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから、出勤する者を確保することの必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではない。また、上記の必要性は、当該労働者が将来転勤や出向をする可能性や、上告人の中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるとはいえない。
したがって、Yの乗務員のうち正社員に対して上記の皆勤手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
6.無事故手当について
無事故手当は、優良ドライバーの育成や安全な輸送による顧客の信頼の獲得を目的として支給されるものであると解されるところ、Yの乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならないから、安全運転及び事故防止の必要性については、職務の内容によって両者の間に差異が生ずるものではない。また、上記の必要性は、当該労働者が将来転勤や出向をする可能性や、Yの中核を担う人材として登用される可能性の有無といった事情により異なるものではない。
したがって、Yの乗務員のうち正社員に対して上記の無事故手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
7.作業手当について
作業手当は、特定の作業を行った対価として支給されるものであり、作業そのものを金銭的に評価して支給される性質の賃金であると解される。しかるに、Yの乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならない。また、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることによって、行った作業に対する金銭的評価が異なることになるものではない。
したがって、Yの乗務員のうち正社員に対して上記の作業手当を一律に支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
8.給食手当について
給食手当は、従業員の食事に係る補助として支給されるものであるから、勤務時間中に食事を取ることを要する労働者に対して支給することがその趣旨にかなうものである。しかるに、Yの乗務員については、契約社員と正社員の職務の内容は異ならない上、勤務形態に違いがあるなどといった事情はうかがわれない。また、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、勤務時間中に食事を取ることの必要性やその程度とは関係がない。
したがって、Yの乗務員のうち正社員に対して上記の給食手当を支給する一方で、契約社員に対してこれを支給しないという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
9.通勤手当について
通勤手当は、通勤に要する交通費を補塡する趣旨で支給されるものであるところ、労働契約に期間の定めがあるか否かによって通勤に要する費用が異なるものではない。また、職務の内容及び配置の変更の範囲が異なることは、通勤に要する費用の多寡とは直接関連するものではない。
したがって、正社員と契約社員であるXとの間で上記の通勤手当の金額が異なるという労働条件の相違は、不合理であると評価することができるものであるから、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たる。
・立川の弁護士竹村淳(オレンジライン法律事務所)のコメント
本判決の事案では、無事故手当、作業手当、給食手当、皆勤手当、通勤手当の差異は労働契約法20条に違反する不合理なもの判断され、その一方、住宅手当については不合理とはいえないと判断されました。
しかし、本判決において重要なのは、どの手当が不合理と判断されたかという結論部分ではなく、「無期契約労働者と有期契約労働者の労働条件のの差異が、職務の内容、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情に照らして、不合理といえる場合は、労働条件のうちその差異を設ける部分は無効となる」という部分です。
本判決の事案は、契約社員と正社員との間で業務内容及び当該業務に伴う責任の程度に相違がないという前提事実があり、また、住宅手当についていえば、正社員は転居を伴う配転が予定されているが、契約社員はそれがないという前提事実があります。
これらの前提事実が変わってくれば、前記の諸手当の差異が不合理といえるかどうかの判断が変わってくる可能性があります。例えば、本判決の事案でいえば、正社員と契約社員で業務の内容が異なれば、作業手当の差異は不合理といえないと判断される可能性があるでしょうし、逆に、正社員も転居を伴う配転が予定されていなければ、住宅手当の差異も不合理となる可能性があります。
本判決の核心は、無期契約労働者と有期契約労働者の労働条件の差異を説明できるのかというところにあり、漫然と差異を設けていた会社にとっては給与体系の見直しを迫る厳しい判決といえます。逆に、差異をつける理由を意識していた会社にとっては、特に影響がない判決ということになると思います。
本判決を受けて、現在の給与体系に不安があるという経営者の方は、専門家(弁護士、社会保険労務士等)にご相談ください。
立川弁護士 竹村淳(オレンジライン法律事務所)
当記事は平成30年6月18日時点の法律に基づき執筆しています。
Last Updated on 2023年11月23日 by takemura_jun