【令和5年7月20日最高裁判決(名古屋自動車学校事件)について】
1.事案の概要
本件の原告2名は、自動車教習所において、正社員として勤務し、教育指導員の業務に従事していました。
この自動車教習所においては、定年退職する正社員のうち希望する者については、期間を1年間とする有期労働契約を締結し(この有期労働契約を締結した者を、以下「嘱託社員」といいます)、これを更新することで、65歳まで再雇用することとしており、本件の原告2名も、この制度に基づいて定年退職後に再雇用され、従前と同じ、教育指導員の業務に従事することとなりました。
しかし、原告2名の基本給は、両名とも、定年退職時の基本給と比較して約40%に減額され、また、賞与の金額も、定年退職前の3年間に比較して、半分以下の金額となりました。
これを受けて、原告2名は、この正社員と嘱託社員との間における基本給と賞与の相違は、「有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めがあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。」と規定する労働契約法旧20条に違反すると主張し、自動車教習所に対して、差額についての損害賠償等を求めて、提訴しました。
これにつき、原審(名古屋高等裁判所)は、定年退職の前後を通じて、主任の役職を退任したことを除いて、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲に相違がなかったにもかかわらず、基本給と賞与嘱託の金額は定年退職時の正職員としての基本給と賞与の額を大きく下回っており、このような帰結は、労使自治が反映された結果でなく、労働者の生活保障の観点からも看過し難いなどとして、定年退職時の基本給の額の60%を下回る部分と賞与が定年退職時の基本給の60%に所定の掛け率を乗じて得た額を下回る部分は、労働契約法20条にいう不合理と認められるものにあたると判断しました。
この原審の判断について、自動車教習所が最高裁判所に上告し、令和5年7月20日、最高裁判所は判決を言い渡ししました。
2.最高裁の判断
労働契約法旧20条にいう不合理に該当するかどうかを検討するにあたっては、「他の労働条件の相違と同様に、当該使用者における基本給及び賞与の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮することにより、当該労働条件の相違が不合理と評価することができるものであるか否かを検討すべき」である。
しかし、原審の認定した事実からは、「様々な性質を有する可能性がある基本給を支給することとされた目的を確定することもできない」。
一方、「嘱託職員は定年退職後再雇用された者であって、役職に就くことが想定されていないことに加え、その基本給が正職員の基本給とは異なる基準の下で支給され、被上告人らの嘱託職員としての基本給が勤続年数に応じて増額されることもなかったこと等からすると、嘱託職員の基本給は、正職員の基本給とは異なる性質や支給の目的を有するものとみるべき」である。
ところが、「原審は、正職員の基本給につき、一部の者の勤続年数に応じた金額の推移から年功的性格を有するものであったとするにとどまり、他の性質の有無及び内容並びに支給の目的を検討せず、また、嘱託職員の基本給についても、その性質及び支給の目的を何ら検討していない」
また、「労使交渉に関する事情を労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮するに当たっては、労働条件に係る合意の有無や内容といった労使交渉の結果のみならず、その具体的な経緯をも勘案すべき」であるが、原審は十分な検討をしていない。
「以上によれば、正職員と嘱託職員である被上告人らとの間で基本給の金額が異なるという労働条件の相違について、各基本給の性質やこれを支給することとされた目的を十分に踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある」。
賞与についても「賞与及び嘱託職員一時金の性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえることなく、また、労使交渉に関する事情を適切に考慮しないまま、その一部が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとした原審の判断には、同条の解釈適用を誤った違法がある」。
3.弁護士竹村淳のコメント
「手当」については、過去の判例(最高裁令和2年10月13日判決・メトロコマース事件)において、労働契約法旧20条の不合理性の判断にあたっては「性質やこれらを支給することとされた目的を踏まえて同条所定の諸事情を考慮する」という判断が示されており、今回の最高裁判決では、この考え方は、基本給や賞与についても同様であるということが示されました。
この点は、基本給・賞与と手当で考え方を異にする積極的な理由はないように思われ、言われてみれば、当たり前のように思えるところですが、必ずしも、明確に意識されていなかった部分であり、この点を明らかにしたことに、この最高裁判決の意味があります。
そして、この最高裁判決は、企業、あるいは、外部の人事の専門家に対して、難しい課題を突き付けたといえます。
正社員と定年後再雇用者との間の差異については「何パーセントまでならば下げても大丈夫」というような議論がされていましたが(高年齢雇用継続給付の存在から61%までならば大丈夫という主張が有力であったように思います)、最高裁の考え方によれば、そのようなパーセンテージありきの判断は許されず、それぞれの基本給・賞与の性質や支給目的を具体的に検討したうえで、金額に差異が生じている場合は、その差異が生じていることが不合理ではないかが問われることになります(最高裁の考え方によれば、逆に、性質や支給目的をふまえて、差異について明確な説明ができれば、パーセンテージによる制限はないともいえます)。
しかし、基本給や賞与について、その性質や支給目的が何なのかということについて、明確な説明をするというのは、なかなかに難しい話です。おそらくですが、「なんとなく」基本給や賞与を支払い、「なんとなく」正社員と有期労働契約社員とで金額に違いを設けているという企業が大多数なのではないでしょうか。
「なんとなく」は、本当に何も考えていない場合から、ただ単に言語化できていない場合まで、いろいろあると思いますが、有期労働契約社員とで基本給や賞与に違いを設けており、それを維持したいとお考えの企業は、それぞれの基本給や賞与の性質や支給目的が何なのかを、正面から検討する必要があります。
かなり難しい問題ですので、弁護士、社労士、人事コンサル等、外部専門家の力も借りることも積極的に検討すべきではないかと思います。
Last Updated on 2023年8月29日 by takemura_jun