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歓送迎会への参加と労災保険給付(最高裁平成28年7月8日判決)

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立川弁護士 竹村淳

弁護士 竹村 淳 

オレンジライン法律事務所の代表弁護士。
東京都立川市を中心とした地域で活動している弁護士です。
労使紛争、債権回収、賃貸借契約、契約書作成などの企業の法律問題のほか、相続問題や交通事故など個人の法律問題も幅広く法的サポートを提供しており、クライアントのニーズに応じた柔軟なアドバイスを行っています。弁護士としての豊富な経験を活かし、複雑な案件にも迅速かつ的確に対応。ブログでは、日々の法的トピックや事例紹介を通じて、わかりやすく実務的な法律情報を提供しています。

歓送迎会の懇親会と労災保険給付(最高裁平成28年7月8日判決)

労災保険法に基づく保険給付は「業務上」の負傷、疾病、障害または死亡に対して行われるものです。

大型機械を扱う製造業の現場で、機械に手を挟まれて怪我をしたというような場合であれば、「業務上」の負傷であることは明らかですが、「業務上」といえるかどうかについて、必ずしも明らかではないことがあります。

この点が問題となった事案として、最高裁平成28年7月8日決定があります。

この事案は、労働者が会社の歓送迎会の参加者の送迎中に発生した交通事故により死亡したことが「業務上」の死亡に該当するかが争われたものです。

1 事案の概要

XはY社において営業企画等の業務に従事していた者である。

Y社は、かねてから、親会社の中国にある子会社から中国人研修生を受け入れて2か月間の研修を行っており、Y社の社長代行であるA部長の発案により、中国人留学生と従業員の親睦を目的とした歓送迎会を開催していた。なお、その費用は会社の福利厚生費から支払われていた。

平成22年12月6日、受け入れ中の研修生の帰国の日が近づき、また、次に受け入れる研修生が来日したことから、A部長は、翌日(12月7日)に、研修生の歓送迎会を開催することを企画し、従業員全員に声をかけたところ、X以外の従業員からは参加するとの回答を得た。そして、歓送迎会当日(12月7日)、A部長はXに対し、改めて歓送迎会への参加を打診したところ、Xは「12月8日提出期限で、社長に提出する営業戦略資料を作成しなくてはいけないので、参加できない」と述べた。これに対しA部長は「今日が最後だから、顔を出せるなら、出してくれないか。」と述べるとともに、資料が完成していなければ、歓送迎会終了後にBとともに資料を作成すると伝えた。

歓送迎会は、12月8日午後6時30分頃から,a町内の飲食店において、Xの到着を待つことなく開始され、A部長の音頭で乾杯した後は、参加者が自由に話しながら飲食しており,このうち従業員1名と研修生らはアルコール飲料を飲んだ。なお、A部長は、歓送迎会に先立ち、研修生らを居住する同町内のアパートから店までY社の所有する自動車で送っており、歓送迎会の終了後も、A部長が研修生らをアパートまで自動車で送る予定であった。

Xは、歓送迎会が開始された後も、資料を作成していたが、その作業を一時中断し、Y社の所有する自動車を運転して、会社の作業着のまま飲食店に向かい、歓送迎会の終了予定時刻の30分前であった午後8時頃、到着し、歓送迎会に参加した。その際、Xは、Y社の総務課長に対し、歓送迎会の終了後に会社に戻って仕事をする旨を伝えたところ、同課長から「食うだけ食ったらすぐ帰れ」と言われた。Xは、隣に座った中国人研修生からビールを勧められたが、これを断り、アルコール飲料は飲まなかった。

歓送迎会は、午後9時過ぎに終了し、飲食代金はY社の福利厚生費から支払われた。

Xは、同日午後9時過ぎ頃、研修生らをアパートまで送ったうえで会社に戻るため、酩酊状態の研修生らを同乗させて運転を開始した。しかし、Xは、アパートに向かう途中、対向車線を進行中の大型貨物自動車と衝突する交通事故に遭い,同日午後9時50分頃,同事故による頭部外傷により死亡した。

会社とアパートは、いずれも飲食店からは南の方向に所在し、会社はアパートとの距離は約2㎞であった。

Xの遺族は、労働基準監督署長に対し、労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、同署長は,Xの死亡が業務上の事由によるものに当たらないことを理由に、これらを支給しない旨の決定をした。

これを受けて、Xの遺族は、裁判所に提訴した。

2 最高裁の判断

労働者災害補償保険法に基づく業務災害に関する保険給付の対象となるには,それが業務上の事由によるものであることを要するところ、そのための要件の一つとして、労働者が労働契約に基づき事業主の支配下にある状態において当該災害が発生したことが必要である。

本件において、Xが資料の作成業務の途中で歓送迎会に参加して再び会社に戻ることになったのは、Y社の社長業務を代行していたA部長から,歓送迎会への参加を個別に打診された際に、資料の提出期限が翌日に迫っていることを理由に断ったにもかかわらず,「今日が最後だから」などとして、歓送迎会に参加してほしい旨の強い意向を示される一方で、資料の提出期限を延期するなどの措置は執られず、むしろ歓送迎会の終了後には資料の作成業務にA部長も加わる旨を伝えられたためである。そうすると、Xは、A部長の意向等により歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、その結果、歓送迎会の終了後に当該業務を再開するために会社に戻ることを余儀なくされたものというべきであり、このことは、Y社からみると、Xに対し、職務上、上記の一連の行動をとることを要請していたものということができる

本件の歓送迎会は、従業員7名のY社において、中国人研修生を定期的に受け入れるに当たり、社長代行であるA部長の発案により、中国人研修生と従業員との親睦を図る目的で開催されてきたものであり、A部長の意向により当時の従業員7名及び研修生らの全員が参加し、その費用がY社の経費から支払われ、特に研修生らについては、アパート及び飲食店間の送迎がY社の所有に係る自動車によって行われていたというのである。そうすると、歓送迎会は、研修の目的を達成するためにY社において企画された行事の一環であると評価することができ、中国人研修生と従業員との親睦を図ることにより、Y社及びY社の親会社とY社の子会社との関係の強化等に寄与するものであり、Y社の事業活動に密接に関連して行われたものというべきである

また、Xは、資料の作成業務を再開するためY社の所有する車両を運転して会社に戻る際、併せて研修生らを本件アパートまで送っていたところ、もともと、研修生らをアパートまで送ることは、歓送迎会の開催に当たり、A部長により行われることが予定されていたものであり、会社とアパートの位置関係に照らし、飲食店から本件工場へ戻る経路から大きく逸脱するものではないことにも鑑みれば、XがA部長に代わってこれを行ったことは、Y社から要請されていた一連の行動の範囲内のものであったということができる。

以上の諸事情を総合すれば、Xは、Y社により、その事業活動に密接に関連するものである歓送迎会に参加しないわけにはいかない状況に置かれ、会社における自己の業務を一時中断してこれに途中参加することになり、歓送迎会の終了後に当該業務を再開するため車両を運転して会社に戻るにあたり、A部長に代わり研修生らをアパートまで送っていた際に事故に遭ったものということができるから、歓送迎会が事業場外で開催され、アルコール飲料も供されたものであり、研修生らをアパートまで送ることがA部長らの明示的な指示を受けてされたものとはうかがわれないこと等を考慮しても、Xは、事故の際、なおY社の支配下にあったというべきである

3 弁護士竹村淳のコメント

本件で、最高裁は、明確な参加強制がなかった歓送迎会の参加であっても、労災保険法の「業務」にあたる場合がありうることを示しました。歓送迎会への参加であるから「業務」とはいえないという単純な図式ではなく、当該事案における様々な事実関係から、労働者が会社の支配下にあったといえるかということを丁寧に判断していることが特徴といえます。

歓送迎会は「業務」というべきとか、上司の誘いがあった場合は「業務」というべきというような一般的な判断をしているのではないことには注意が必要です。

本件はいわゆる事例判断ではありますが、労災保険法の「業務」といえるかどうかについては、事案に即して、労働者が会社の支配下にあったといえるかということを検討すべきことを示したものとして、重要な判例であるといえます。

立川の弁護士竹村淳(オレンジライン法律事務所)

当記事は平成30年5月21日時点の法律に基づき執筆しています

Last Updated on 2023年11月23日 by takemura_jun